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レイアース二次小説置き場 (Last One)

「魔法騎士レイアース」クレフ中心の長編小説を置いてます。

2020.01.19
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2013.07.28
「……血の匂いがする」


――――――――――


 苔むしていながらも、綺麗に掃き清められた石段を上がると、厳めしい門がそびえ立っていた。門の向こうには白い玉石が敷き詰められ、樹齢数百年の木々が道の周囲に続いている。寺院のような屋敷群が並び、陰陽師の装束に身を包んだ人々が行き来する。絶え間ない蝉の声が樹上から落ちていた。神宮を見まがうばかりのその場所は、日本の陰陽師を束ねる「皇(すめらぎ)」家の総本山だった。

 障子を開けはなった広々とした座敷に、床の間を背にして一人の初老の女性が端坐していた。少し離れて、興隆と信貴羅がかしこまって控えている。午後の陽光が、畳の上に差していた。
「……その女は成仏し、村の再興の障害はなくなったのだな」
「はい、先代。村の瘴気は晴れ、病に苦しんでいた者達も快方に向かい、村人は皆、諸手を挙げて喜んでおります」
 興隆が、両手を畳についたまま答えた。その口調から、彼の緊張が伝わってくる。その視線は、先代と呼ばれた女性に向けられている。細い切れ長の目が印象的で、彫刻刀で削ぎ落としたようなきっぱりした皺が顔のあちこちに刻まれていた。決して攻撃的な気配を放っているわけではないが、周囲に張りつめた糸のような独特の気配があった。絡め取られた人々は、動けない。
「……そうか。あい分かった。報告御苦労」 

 先代はそれきり目を閉じた。年の頃は60歳前後とみられ、髪は真っ白になっていた。乱れなく整えられ、後ろでひとつに束ねられている。陰陽師の正装に身を包み、すっと背筋を伸ばして座っている様は若者と変わりない。
「私が皇家の当主をお譲りした時は、あまりに若すぎるとの声もあったが、判断は間違っていなかったようだの」
「さすが貴女の御孫様です。女子のような優しげな容姿でおられるのに、あの才能には驚かされるばかりです。いえ、むしろ……」
 それきり言葉を濁した興隆に、先代は視線を向けた。
「よい。言ってみよ」
「かの女の息子を短時間とは言えあの世から呼び戻した、あの力は『異質』です。今まで歴史に残る陰陽師で、同じ事を成した者はおりません。あの当主の力は、陰陽師としての力とは全く別質のように思えるのです。それに……当主はまだ、力の底を誰にも見せてはいない。そんな気がするのです」
「『異質』というならば力だけではなく、当主の存在そのものが『異質』なのかもしれんな」
 その言葉に、興隆と信貴羅だけではなく、その更に背後に控えていた陰陽師達も顔を上げ、先代の顔を窺った。
「人間と霊とがいれば、普通この世に生きる人間の側に立つものじゃ。しかし当主は、あの世の霊もこの世の人間も分け隔てなく、対等に扱う姿勢が身についておる。誰も教えたわけでもないのにな。私は時折、当主は「どこから」やって来られたのかと思うことがある。……あの方は、境界に生きすぎる。故に強く、そして危ういのだ」
「……先代」
「それでも」先代は興隆の言葉を遮った。「当主は、相手が誰であれ分け隔てなく、立場を思いやる心をお持ちだ。あの方の力が何であれ、私は昴流殿を信じている」

 興隆と信貴羅は先代の元を辞し、座敷を出ると同時にほぅと息を漏らした。
「信貴羅。あからさますぎるぞ」
「興隆だって」
 互いに顔を見合わせて小声で言いあい、ちらと背後の先代を見やる。独りで庭に向き合う厳しい横顔がちらりと見えた。信貴羅は廊下を歩きながら、顔をしかめて興隆を見下ろした。
「当主……昴流が異質だなんて、わざわざ先代に言う必要があったのか」
「先代の御考えを知りたかっただけだ。とうに御存じな上で、昴流殿を当主に任命されたのだな」
 そこまで言うと、ため息交じりに庭を見やった。先代は何を見ていたのか、燕が二羽、並んで囀っているのが見えた。
「……当主は、生まれるべき時代を間違えたのかもしれんな」
「あ?」
「いつ終わるとも知れない戦乱の中、当主の力は確かに必要とされている。救われた者も数えきれないだろう。皇家当主が、その立場にふさわしい力を持つからこそ、陰陽師もこの絶望の中で、希望を見いだせる。しかし……その力は、肝心の当主を『幸せ』にしていないように思えるのだ。救えども救えども苦しむ民の数は減らず、全員を救う事など不可能なのに、それができぬと当主は我がことのように苦しむ。……当主は、優しすぎる」
「……あんたは昔から、昴流のお目付け役だったから気になるんだろうけどよ。当主になると選んだのは昴流だ」
「選ばざるをえない状況だったのも事実だ。血筋より実力という宗派も多いが、皇家に置いては血は争えない。おまけに当主の力は、歴代でも類を見ないほどだと言うではないか」
「状況が理不尽だろうが、苦しかろうが、昴流は最後までやり抜くさ。あんただって知ってるだろ。あいつは誰よりも意思が強い男だ。俺たちにできることは、昴流と皇家を支えることだ、違うか」
「悪ガキだったかと思えば、いっぱしの口を利くようになったな」
 興隆は軽く笑い、それに信貴羅の笑声が重なった。

 その時、唐突に廊下をバタバタと駆けていく音がこだまし、二人は同時に足音の方を見やった。
「どこの子供が入り込んだ? 先代の御屋敷を走りまわるなんて」
 興隆が眉をひそめた。この広大な屋敷群の中で、先代が御座すこの屋敷は当主の次に格が高い。皆足音も立てないように行き来する中で、あまりにも不謹慎すぎて、該当者が思いつかなかった。
「俺が首筋引っ掴んで……」
「良い」
「良くはねぇだろうよ……せ、先代!」
 急に会話に挟みこまれた一声に、ぞんざいな口調でとっさに返した信貴羅の顔が引きつった。その視線は、座敷から廊下に一歩踏み出した先代の横顔に向けられていた。

 彼女は、厳しく刻まれた皺を少し緩めるようにして、微笑った。
「放っておけば良い」
「は……はい」
 背筋を伸ばした信貴羅の背中を、興隆が小突いた。考えなくとも、先代がこれほど優しい表情を見せる相手は、孫の昴流を覗けば一人しかいない。
「あの方なら、当主も気が休まろう」
 興隆の声は、心なしかほっとしていた。


***


 ぱしゃ、と水音が響き、石畳を水が黒く染めた。上着を脱ぎ、内着だけになった昴流が、井戸から水をくみ上げていた。釣瓶から直接、水を頭から被る。黒い髪の先から、水滴が滴った。真夏とは言え、井戸水は冷え切っているはずだ。それなのに、その冷たさを感じていないように物思いにふけっている。バタバタと足音が廊下から近づいてくるのにも、気づかないようだった。
「昴流! 私が来たわよ!」
 小柄な影が、縁側を蹴ると昴流の背中に飛び付いた。と同時に昴流の華奢な肩が跳ね上がり、泡を食った表情で振り返る。
「ほ、北都ちゃん!」
「ほほほほ昴流、またぼーっとしてたわね! 赤ん坊からお年寄りまで皆が気がつく、この私の接近にただ一人気づかないなんて、それでも第七代皇家当主なの!?」
「濡れるよ! 今、禊の途中だったのに」
「そんなの、見たら分かるわよ」
 飛びついて来た身体を何とか引き離した昴流と、引き離された少女が向かいあう。もう一人昴流が現れたかと思うほど、二人の容姿はよく似ていた。首もとで切りそろえられた黒髪、白い肌、大きな瞳、華奢な体格。双子よりも尚似通った、鏡の中の自分のようだった。

 北都は、ずぶ濡れになった昴流の全身をまじまじと見た。
「いくら真夏だからって、こんな冷たい水浴びたら風邪引くわよ! 元々身体強いほうじゃないんだし。服、脱ぎなさい!」
「ちょ、ちょっと北都ちゃん、やめてよ」
「今さら私に裸を見られたからって何よ? 双子なんだから、大体似たような身体でしょ」
「大体って……北都ちゃんと僕じゃ性別が違うだろ!」
「細かいことは気にしない! たった二人きりの姉弟なんだから」
 不意に、北都は昴流をぎゅっと抱きしめた。
「ただいま、昴流」
 女にしては低めの穏やかな声が、耳をくすぐる。昴流は微笑んだ。
「……おかえり、北都ちゃん」
 そして自分よりはわずかに細い肩を、壊れものに触れるようにそっと抱きしめ返した。


 蜩の声が、しんしんと敷地内に響く。広い縁側で、双子の姉弟が向き合っていた。北都は真紅の袴に白の着物を身につけ、昴流は元々来ていた陰陽師の正装に着替えていた。よく見ると、二人にもわずかに違いがある。昴流の方が眉がわずかに太く切れ長の目をしていて、北都のほうが女性らしく唇が厚めで紅かった。少し離れればまず気づかない範囲ではあるが、その小さな差異が、男女の雰囲気の違いを醸し出していた。
「おばあちゃまのご様子は?」
「元気だよ。後で行ってあげなよ。北都ちゃんが来たら、きっとお喜びになる」
 昴流はそう言って微笑うと、遠慮がちに付け足した。
「まだ十分現役の力があるし、おばあちゃんが当主のほうが、いろいろうまくいくと思うんだけど……」
 その横顔はまだ少年の面差を残していて、彼が日本の陰陽師の頂点に立つ「皇家」当主だと知ると初めは皆驚く。陰陽師としての力は生まれ持っての才能が大きく物を言うとは言え、当主を務めるには大勢を束ね切る能力も必要だ。今までは、壮年となってから当主となる者ばかりだったため、昴流の抜擢は異質づくめだった。驚かれるのは当たり前だったが、それでも度重なると「自分でいいのか」と迷いが生まれた。

 北都は、前かがみになると、ひょいと昴流の顔を下から覗きこんだ。
「おばあちゃまは、昴流が一番尊敬する陰陽師なのよね?」
「うん、もちろんだよ」
「誰よりも、間違えない人よね」
「うん」
「そのおばあちゃまが、昴流を当主にするって決めたんだから。絶対に間違えてないわ。お姉ちゃんが保証する」
 そう言って、ぱんと小気味よい音を立てて自分の胸を叩いた。外見は鏡を見ているように瓜二つだが、気配は姉の北都が陽とすると、昴流は陰だった。

 それにしても、と前置きして、北都はまじまじと昴流を見た。昴流が心持仰け反る。
「ご飯、ちゃんと食べてる? 服はちゃんと夏服に替えて……るわね、よしよし」
「大丈夫だよ。もともと自分のことはできてるし」
「でも、世間様の基準には達しない」
 スパンと言われて、昴流が小さくなった。
「昴流はぼんやりさんだし、うっかりさんだからね」
「ひ、ひどい言われ様……」
「その分、私がしっかりしてるからいいの! 私たちは二人でひとつなんだから」
 二人でひとつ、という言い方を北都はよくする。そう言われると昴流はいつも、ホッとしたような穏やかな表情になった。当主たるもの、弱さを見せるわけにはいかない。頂点に立つ者が弱ければ、皆不安になる。不安になれば団結は緩み、有事の時は命にかかわる。北都は昴流にとっておそらくただ一人、心を委ねられる人物だった。

「……血の匂いがする」
 だから、不意に北都が口にした時、昴流は驚き、姉の顔を見返した。
「……北都ちゃん?」
「また、戦乱が起こってるのね」
「……うん」
 陰陽師は単なる祈祷師でも戦闘員でもなく、政事を取り行う。陰陽師として人々を怪異から守る表の顔とは別に、裏から政事を操る顔がある。しかしその両面を駆使しても、戦火は弱まるばかりか強くなるばかりだ。
「僕は北都ちゃんほど強くないよ。……戦乱を収めることなんてできない」
 北都は立ちあがると、縁側に腰かけた昴流の前にかがみこんだ。そして、自分の頭をこつん、と昴流の頭にぶつけた。
「この世の中から戦乱がなくならないのは、昴流のせいじゃないでしょ? 背負いこんじゃ駄目よ」
「うん。分かってる」
「分かってない!」
 北都は急に声を張り上げた。しきりに鳴いていた蝉が一瞬で黙るほどの大声だった。
「今日だって、何かあったんでしょ? 昴流のこと、心配よ。だって、他人の痛みなのに、全部自分の痛みにするんだもの、小さい時からね。人一倍、人の傷に触れなきゃいけない仕事なのに」
「大丈夫だよ、北都ちゃん。これが僕の『役割』だから」
 目を閉じて微笑む昴流。
「役割って……」
「全部僕が、自分で決めたことなんだ」
「……。全然、変わってないんだから。頑固なところは一番、変わってないわ」
「僕は、大丈夫。それよりも北都ちゃん」
 昴流がまっすぐな視線を姉に向け、北都が見返した時だった。目の前を横切った影に、二人は同時に顔を上げた。

「……何なの? 皇家の結界を破って来るなんて」
 北都が立ち上がる。巨大な影法師のようなものが、二人の周囲にいくつも現れた。影だけで実体は見えず、輪郭もはっきりしない。まるで「かごめかごめ」の遊戯のように手をつなぎ、ぐるぐると回りだした。
「下がって、北都ちゃん」
 北都の前に、昴流が庇うように立った。昴流は懐から一枚の札を取り出し、掌の上に置いた。するとその札は見る見る間にまばゆいばかりの光芒を放ち、ふわりと浮きあがった。北都がまぶしさに目を細めた時、その札は耐えきれなくなったかのように不意に爆発した。その衝撃は北都の髪を揺らせて通り抜け、背後にいた「影」達を一瞬で吹き飛ばした。
「わが弟ながら……すごいわね」
 北都は周囲を見まわし、影が一体もいなくなったのを確認すると素直に感嘆した。この屋敷群の周囲に張られた鉄壁のはずの結界をすり抜ける敵を、一瞬で倒すことは至難の業だ。しかし、昴流以外にもできる者はいるかもしれない。北都が感嘆したのは、それほどの力を放ちながらも、至近距離にいた北都や周囲を全く傷つけずにいられることだった。完全に自分の力をコントロールしていなければ不可能だ。

「初めてのことじゃないから」
 昴流の表情は固いままで、油断なく周囲に注意を払っている。
「あれは何なの? あんなの、前はいなかったはずよ」
「分からないんだ」昴流の表情に影が差した。「あんな生き物を、おばあちゃんも僕も知らない。人間じゃない……でも、獣でもない。ただし、生き物には違いない。『意志』を感じるから」
「そうね……人間、じゃないわね」
 あの影法師は、3メートル近くあった。そして、輪郭は人間に近かったが、頭が異様に大きかったり爪や牙のようなものが見えたりしていた。
「……魔物」
 北都は、ぽつりと呟いた。
「北都ちゃん?」
「……あーあ。私にも陰陽師の力があれば良かったわ。そしたら、助けてあげられるのに」
 残念そうでもなく、放り投げるようにそう言った。でも、それは本音だった。同時に生まれ、同時に育った血を分けた双子であるにも関わらず、陰陽師としての才能はほぼ全て昴流にだけ受け継がれた。
「僕にできないことを北都ちゃんができる。北都ちゃんができないことは、僕ができる。それでいいよ、僕らは『二つで一つ』なんだから」
「……そうね」
 北都は、ゆっくりと微笑んだ。


4 につづく

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