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レイアース二次小説置き場 (Last One)

「魔法騎士レイアース」クレフ中心の長編小説を置いてます。

2020.01.19
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2012.11.09
「どうして……」
海は天を仰いだ。
「どうして、こんなことになっちゃったのよ?」

つづきはこちら からどうぞ。

――

単調な雨が降っていた。雨粒は、濃くなりはじめた若葉の先を弾き、紫陽花の花弁を滑り土に落ちて、水たまりをつくってゆく。
ぱしゃん、と音を立てて、海のブーツの足が水たまりを踏んだ。駆けてゆく――はぁ、ぜぇ、と息がはずんでいる。

「!」
海は、目の前に現れた巨大な影に、足を止めた。その長い髪も全身もびっしょりと濡れて気持ちが悪かった。走り続けたために全身が熱く、喉の奥はずきずきと痛んだ。もう走れない、と思ってから、ずいぶん時間が経っている。

海の前に現れたのは、セフィーロで言う「魔物」だった。ずんぐりとした5メートルほどの巨体で、顔に目が10個はついている。全身は毛むくじゃらで両腕がやたらと大きく、海に突きつけた長い爪が、ぎらりと金属質の光を放った。あれに刺されたら、ただではすまないことは分かる。

海の手に、レイピアはなかった。とうの昔に、この魔物に叩き落とされて今はどこにあるかも分からなくなっていた。海はぎり、と歯を食いしばると、右手の指先を魔物に向けた。そして、力の限り叫ぶ。
「『水の龍』!!」
その言葉と共に水流は渦を巻き、魔物を一撃で打ち倒す、はずだった。しかし、叫んでから数秒経っても、何も起こらない。次の瞬間、ぶん、と音を立てて振り下ろされた魔物の腕を、海は間一髪でかわした。しかし着地しきれず、地面に肩口から突っ込んだ。

魔物が威嚇の唸り声を上げ、海は機敏に立ち上がった。魔法が使えない―― 魔法さえ使えるなら、こんな魔物にてこずるはずがないのに。
少しずつ、じわじわと仲間から離されてゆく。追い詰められていることを、勝気な海も認めざるを得なかった。
「どうして……」
海は天を仰いだ。
「どうして、こんなことになっちゃったのよ?」
天は無言のまま、ただ海の頬を濡らした。

*********
  Love me, tender
*********

―― 一週間前。

「いけませんわ」。
鳳凰寺風は、光と海に向かって、きっぱりと言ったのだった。
「本を読まなくたって、死ぬわけじゃないし……」
なんだか先生のような物腰の風を見ると、海もいつもの切れがなくなってしまう。
「でも現に、海さんと光さんは、読書感想文の本が決められなくて困っているんでしょう? 普段から本を読まないからですわ」
ぐうの音も出ない、というのはこのことだった。そう言う訳で今、三人は都心にある、本棚のあるカフェへ来ていた。

写真集や、絵を見るのは好きだった。だから全ての本が嫌いというわけではない。でも、字を目で追っているとどうしても、眠くなってしまうのが海の悩みだった。身長より高い本棚を見上げながら、うぅん、と唸ってしまう。作者がカタカナの本は、見るからに縁がないような気がした。作家をほとんど知らない海の目には、背表紙に刻まれたどの名前もそっけなく、味気ないものに見える。「夏目漱石」の名前のところでぴたりと目が止まったのは、近くにある本で唯一、知っている名前だからだった。そっと抜き取ると、テーブル席に戻った。

風は、眼鏡の縁を光らせながら、分厚い本を読みふけっていた。テーブルの上には、氷が溶けかけたアイスティーと、本が更に何冊も積み上げてある。
「ちょっと風、何読んでるの?」
「『カラマーゾフの兄弟』ですわ」
ハイ、と海は手を上げた。
「なんでしょう、海さん」
「今はカフェでの楽しいティータイムなの。大作を読破する時間じゃないと思うわ」
「心配しなくても、このカフェの本は全て借りられますから」
海は改めて、辺りを見回した。暖かな木製の本棚があちこちにしつらえられ、一階と二階に分かれている。一階の本棚には絵本が、二階の本棚には小説や随筆などが置かれているらしかった。キッチンの向こうからはコーヒーの香ばしい香りがしていて、ショーウィンドウの中には、可愛いケーキが並んでいた。風に言わせれば、自分の好きなものが全てそろっているところ、らしい。

「海さんも読まれるといいですわ。この本に出て来るイワンは本当に素敵ですの。天才で軽やかで魅力的で、でも危険で堕落の匂いがする、そのアンバランスさが……」
ハイ、と海は手を上げた。
「はい、海さん」
「風ってそういうタイプが好みなの?」
「まさか。本と現実の世界は違いますわ」
ほほ、と笑う風がなんだか大人なようにも、黒いようにも見える。
「クレフさんも、三兄弟の中ではイワンの部分が一番読み応えがあると仰っていましたわよ」
「ふーん。……って、クレフ!?」
思いがけないところで、思いがけない名前を聞いた気がする。海はまじまじと風の顔を見た。ええ、と風は何でもない様子で頷いた。
「異世界の本を読んでみたいと仰るから、定期的にここで借りた本を貸して差し上げています。既にこのカフェにある本はほぼ読破されていますわ」
「ほんとうに……?」
海はおそるおそる周囲を見渡した。百冊や二百冊と言う量ではない。こんな量の本を読むなんて、相当に暇……な訳はなくて、好奇心旺盛なんだろうと思う。そもそも、いつのまに彼が日本語を覚えたのかも海は知らなかった。

その時、誰かが階段を駆け上がってくる、軽い足音がした。目をやると、本を大事そうに抱えた光と目が合った。
「光は、何読むの?」
「『やまなし』!」
光はにっこりと笑い、本の表紙を海に見せた。宮澤賢治の名前を見つけて、なぜか海はほっとした。海も小学生のころ、教科書で読んだことがある。カニのきょうだいが、ドンブラコと流れて来る山梨の実を追いかける話だったはずだ。
「よかったぁ、光まで『罪と罰』とか読みだしたら、いたたまれなかったわ。……あ、クレフも、読んだの? この本」
「ええ。難しい顔をして、『クラムボンとは何だ』とおっしゃっていましたわ」
海は思わず噴き出した。まじめくさった表情が頭をよぎっていた。

「何なに? 何の話?」
光が首をかしげる。風は、「クレフさんに、この世界の本をお貸しした時に、伺った感想について話しているんですわ」と丁寧に前置きした後、海が持った本を指差した。
「その本を読んだ後も、おっしゃってましたわ。『どうして、「月が綺麗ですね」が、「愛している」と同義になるのだ』と」
「ああ、そのエピソード、知ってるわ。この本に書かれてたのね」
海は頷いた。確か、教師をしていた夏目漱石が、授業中に生徒から"I love you"の和訳は何かと聞かれた時の実話のはずだ。日本人が愛を伝えるには、「月が綺麗ですね」で十分だ、と答えたという。

「海さんも読んでごらんになって。クレフさんは、異世界の本は難しいとおっしゃっていました」
クレフは意外に、情緒や行間を理解しないタイプだと思う。もしかすると、日本とセフィーロでは感受性が違うのかもしれないが。風は笑った。
「プレセアさんは、クレフさんはもう少し情緒をお分かりになったほうがいいと笑われましたわ」
「やっぱりクレフが朴念仁なのよね」
朴念仁、などという言葉はそうそう中三女子が口に出さないが、クレフには妙にしっくりくる。

三人でテーブルを囲み、どうやら本の中身に集中しかけた時だった。あ、と声を上げた風に、海と光の視線は吸い寄せられた。
「どうしたんだ? 風ちゃん」
「忘れてましたわ。この間セフィーロに行った時にクレフさんにお貸しした本、来週が返却締切日でした」
「少しくらいいいんじゃないの? 異世界に貸し出されてたんだし」
「いけませんわ。本がどこにあったとしても、期限は変わりませんから」
風は再び、きっぱりと言った。そして否応なしに、その次の週に三人は再び集まり、セフィーロへと向かうことになったのだった。

2につづく

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