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レイアース二次小説置き場 (Last One)

「魔法騎士レイアース」クレフ中心の長編小説を置いてます。

2020.01.24
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2013.08.03
「あなたは私にとって、この世界の『光』だもの」

――――――――――――――――――――


 夜。広大な敷地内の池から、蛙の鳴き声が聞こえてくる。雲間に月が隠れては出て、密やかな光を庭に投げかけていた。白い庭石のひとつひとつに至るまで、月光が小さな影をつくる。その小石がカタリ、と崩れる音も響きそうなほど、辺りは静寂に包まれていた。
 薄闇のなかで、障子が白く浮かび上がっている。そこに音もなく、すぅと一人の女が立った。音を立てないよう、ゆっくりと障子を引きあける。北都の思いつめた横顔は陶器のように真っ白に見えた。
 
 十畳ほどの広さの部屋には、床の間に水墨画がかけられていて、奥に文机が置かれている以外に調度という調度はなかった。床の間の前にきちんと床が延べられ、布団は中央が盛り上がっている。布団の端から、黒い髪が少しだけのぞいていた。
「……昴流。起きてる?」
 北都の声は、昼間の元気さが嘘のように細い。声をかけながらも、起こす気はないようだった。かすかな寝息が聞こえる以外は、何も動きはない。北都はほっとしたように息を漏らした。そして、そのまま部屋に足を踏み入れた。

 北都は昼間と同じ、白の着物に紅の袴できちりと身を固めていた。そして昴流の枕元に座り、そっとその髪を撫でた。その表情は無心で、なんの感情も感じられない。ただ、大切なものに触れるようにそっと何度も、艶々と指をすべるその感触に心を奪われているようだった。
「……ん」
 昴流がわずかに声を漏らし、北都はハッと手を離した。しかし顔を天井に向けたままで、そのまますぐに寝息が聞こえ始めた。眠っている姿は年相応の少年で、とても稀有な実力を持つ陰陽師には見えない。その表情は、北都が知っていた以前の表情よりも、ほんのわずか大人びている。
 
「……ただ、一緒にいたい。それだけなのに。どうして叶わないの」
 北都の大きな瞳に涙がいっぱいに溢れ、こらえられないように頬を零れ落ちた。彼女はあわてて袖で涙を押さえたが、涙は次々と落ち、袖を塗らした。きつく押さえた口元から、隠しきれない嗚咽が漏れそうになり、北都は昴流から目をそらして視線を上に向けた。
 
「……さよなら。私はあなたが大好きよ、昴流」
 一瞬、視線に焼き付けるように強く昴流の寝顔を見つめた。そして、振り切るようにさっと立ち上がる。そして振り返らず、障子の向こうへと姿を消した。


 密やかな足音が遠ざかる。時が止まったかのように張り詰めた空間に、再び外からの蛙の声が戻ってくる。空から差し込む月光は、わずかに角度を変えた。
 昴流が、そっと目を開けた。そして、さっきまで姉が座っていた畳の上にそっと掌を置いた。
「……行ってらっしゃい、北都ちゃん。どうか無事で。……いつか僕が、そっちに迎えに行くから」
 そして首をめぐらせ、北都が去った方向をいつまでも、いつまでも見つめていた。
 

***


 柔らかな風が頬を吹き抜けていっても、北都はしばらく目を閉じたままでいた。空気が変わったのがはっきりと分かる。別の世界なのだから当然だ。ゆっくりと足を踏み出すと、皇家の庭とはまったく違う、湿った土の感触があった。目を開けると、闇ではあったが周囲の輪郭ははっきりと分かる。

 生き物の気配とともに、背後でざわざわと茂みが揺れた。北都が振り返ると、どこから現れたのか、真っ白い馬がそこにいた。闇の中で体毛はほのかに青くも見え、その鬣は銀色に輝いている。群青に近い濃い青の、大きな美しい目をしていた。辺りは深い森の中で、濃厚な緑の気配とともに、どこからか花の香りが漂ってくる。北都は白馬に目をむけ、白馬も北都を見たまま身動きしない。一枚の静止画のように、一人と一体は対峙した。
「……『巫女』」
 急に脇から声をかけられ、北都ははっと我に返った。振り返るまでもなく、誰かは分かっている。
「クレフ。どうしたの、こんな夜更けに」
「こいつが、僕をここに連れてきたんだ」
 闇の中でも艶やかに輝く銀色の髪を掻き揚げて、まだ幼い少年は眠そうな声を出した。なるほど、と北都はクレフと白馬を見比べて納得した。その外見といい、気配といい、よく似ている。それはこの白馬がクレフが創り出した精獣だからか。
 
 クレフの青い目が、北都に向けられた。そして、わずかに眉を顰めるのを北都は見てしまった。まだ十にも満たないのに、ロザリオを継ぐ導師と見られているだけあって、聡い子だと思う。
「……ホクト」
 クレフは彼女をそう呼んだ。このセフィーロで、北都の国の言葉をわずかでも読めるのはクレフしかいない。「言葉が読めるようになったら名前を教える」という約束を守り、北都は彼だけに自分の名前を教えていた。
「ホクトの世界に、帰ってたの?」
「大丈夫よ。ちゃんと、こっちに戻ってきたでしょ。私はセフィーロの『柱』だもの」
 北都はそう安心させるように言うと、クレフの頭を撫でた。しかし思いがけず、クレフは首を横に振った。
「……いつか僕が必ず、ホクトを元の世界に返してあげるから」
「……クレフ」
 思いがけない言葉に、北都はまじまじとクレフを見下ろした。この子は本気だ、とその目を見て分かった。導師ロザリオの息子だけに、北都がこの世界から去ればセフィーロが滅びることは、よく分かっているはずなのに。セフィーロにいる時に、元いた国に帰りたいと口にしたことは一度もない。そぶりを見せたこともない。『柱』である者がそんな態度を見せれば周りを不安にさせる上、本当に願ってしまえばこの世界が滅びてしまいかねない。
 
 北都はそっとその場に膝をつくと、クレフを至近距離からまっすぐに見た。ためらいなく見返してくるその目の中には、北都自身が映っている。北都が『柱』だからではなく、ひたむきな愛情を向けてくれるクレフが、心底可愛かった。その小さな体をそっと抱きしめる。指をすべる感触は、弟のそれとはまったく違っていたが、妙に別世界においてきた昴流のことを思い出させた。
「……あなたを置いていかないわよ。あなたは私にとって、この世界の『光』だもの」
 母国語で「光」と口にすると、顔を離したクレフは不思議そうに北都を見返してきた。
「暗い中でも明るく輝く……『希望』のことよ」
 光、と口の中で繰り返すクレフの髪に、黙って立っていた白馬が鼻を寄せた。

「くすぐったいだろ、こいつ」
 じゃれているふたりをほほえましく見守っていたが、不意に気づいて北都は白馬を見た。
「ねえ、この子、名前は」
「ないよ。まだ思いつかないんだ」
 クレフは鼻面を撫でてやりながら、北都を見上げた。
「ホクトがつけてよ。元の国の言葉がいいな」
「そうね……」
 北都は白馬をじっと見た。その大きな瞳を見ていると、胸の中があたたかくなるようだった。
「……昴流」
「……スバル? なんか、いい名前だ!」
 無邪気に白馬に呼びかけるクレフを見て、北都は一瞬後悔した。いったいどうして、何にも変えがたいはずの自分の弟の名前を、別の生き物に与えてしまったのだろう? でも、自分が愛する、何もしらない少年の口から弟の名前を聞くのは、自分にも許された、密やかな慰めに思えた。

 空を覆っていた雲が切れたのだろう、星の光がさっと差し込んできた。北都は顔を上げ、自分が創った『世界』と向き合った。圧倒的な質量の大気、森、湖、そして息づく数限りない命の気配を感じる。ここには、私ができることがあるはずだ。北都は自分にうなずいた。



Last One 第十一章に続く

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