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レイアース二次小説置き場 (Last One)

「魔法騎士レイアース」クレフ中心の長編小説を置いてます。

2020.01.25
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2012.12.24
「時は満ちた。」

つづきはこちら からどうぞ。

――――――――――――

海は、白い大理石でできた螺旋階段を、息を切らしながら駆けのぼりつづけていた。空気が足りない。全身が揺れるほどにあえぎながらも、足は止めなかった。周りが急に騒々しくなり、誰かの叫び声が聞こえて何か起こっているのは分かったが、気をまわしている余裕はなかった。足は、まっすぐに風が教えてくれた空門を――クレフを目指していた。
「――っ!」
急に右足にがくんと力が入らなくなり、階段を踏み外しそうになってよろめいた。靴を見下ろすと、右足のヒールが折れていた。海は一瞬考えて、無事な左足のヒールを階段の段差に思い切り叩きつけた。バキッ、と音を立ててヒールが折れる。ぺたりと平らになった靴で再び走りだした。

おかしいな、と海は心のどこかで冷静に思っている。親や友達が、靴のヒールをたたき折る海や、息を切らして倒れそうになりながら走る海を見たら目を剥いて驚くだろう。美容には人一倍気をつけている「女性らしくて、お嬢様」な姿はどこにもなかった。どうやら私は、クレフに関することだと、今までの自分をかなぐり捨ててしまうようだ。

クレフの出立に間に合うか、間に合わないか。この一足一足が、結果の白黒をつけてしまうのだと分かっていた。となれば、空門に辿りついたとたんに倒れてもいいから、どうしてもクレフに会わなければならなかった。クレフに追いついたら、みっともなくしがみついてでも止める。もしクレフの行動を変えることができないなら、私が一緒についていく。もう、決めたのだ。クレフをひとりにしないと。

―― だからお願い。
誰とも分からない「誰か」に、海は祈った。この世界は、何人かにひどい運命を与えてきたかもしれない。でも、苦しみと共に生き続けているあのひとに、どうかこの手で、幸せを届けさせてほしい。


**


セフィーロの夜の空気は、いつもと同じように穏やかにクレフの頬を吹き抜けていった。とても、オートザムの戦艦を内包しているようには思えない。しかし軍艦が発する重低音と、叫びかわす緊迫した人々の声が混ざりあい、どこからか不快なにおいも漂って来ていた。クレフは空門の前に立ち、夜空を見つめていた。戦艦は、まだ空門の前には迫っていない。出立するには、今しかチャンスはなかった。

クレフは、額の宝玉に両手の指先で触れた。どくん、どくん、と鼓動のような力が伝わってくる。ゆっくりと、「力ある言葉」を唱えた。
「――精獣召喚」
一陣の風が吹き抜け、クレフは目を閉じた。再び目を開けた時には、馬の姿をした精獣がそこにいた。闇の中にも浮いて見える見事な純白の毛並みで、蹄や尾の先まで雪のように白かった。ふさふさしたたてがみは背中の辺りまで垂れ、クレフの瞳と同じ、透き通った青い瞳をしていた。一か所だけ、額から眉間にかけて、細いひし形の黒い模様が入っている。その目は優しげだったが、四つの脚は全て鉄のように逞しく外側を向いていた。カッ、と地面を蹴る、体重が無いような軽やかな脚つきからも、その強靭さが伺える。

この精獣を呼びだすのは、あの大戦の時以来。実に738年ぶりだった。クレフが4歳のころ、初めて当時の『柱』に謁見したころに創りだした、クレフにとっては一番最初の精獣だった。変わらぬ姿で現れてくれたことにほっとして、クレフは指先を伸ばした。
「スバル」
すると、白馬はその顔を掌に磨りつけて甘えてきた。
「すまなかったな。長い間、おまえを呼びださずにいた。この宝玉の中から、すべては見えていたと思うが」
「スバル」と呼ばれた白馬は、全て分かっている、と言いたそうな優しい大きな眼で、クレフを見下ろした。
「おまえは、私の命そのもの。フューラやグリフォンのように別に生きて行くことはできん。……一緒に来てくれるか」
ぶるる、と鼻を鳴らし、クレフの隣にぴたりとつけたのが、答えだった。

スバルの背中に飛び乗ろうとした、その時だった。クレフはふと動きを止め、ゆっくりと空門の入口を振り返った。
「……どうやら、俺が何者かはもう知ってるみたいやな」
まるで黒い影のように密やかに現れた男を、クレフは見返した。
「……マスターナ。チゼータの『預言者』。前回は身分を偽っていたな」
にぃ、とマスターナは口元だけで笑った。
「この目で見るか、この手で触れんと、未来を読むことはできんからな。ウソついて堪忍な」
自分が導師ということも分かっていて近づいたのだろうが、その時は全く、マスターナの演技に気づかなかった。クレフにとっては、油断していたとはいえかなり珍しいことではある。預言者というだけあり、人の心を読むのにも長けているのだろうか。

マスターナはゆっくりとその姿を現すと、空門の縁に無造作に腰を下ろした。ぶらぶらしている脚の下は崖のようで、セフィーロ城の壁が何百メートルも続いている。落ちたら確実に命はないのに、背後の床に掌をつき、空気の匂いをかぐように顔を上げた。
「『未来は些細なことでその行き先を変える』」
クレフがさらりと言うと、マスターナはちらりとクレフを振り返った。
「以前の『柱』の言葉だ。彼女は異世界では『巫女』の職にあった者だったからな、先を読む能力があった」
「その『巫女』の話ならよく知ってるで。古文書にあったしな。未来を読めても変えられんかった、結果的には彼女を『柱』にしたんはセフィーロの失敗やったな。彼女を庇い続けた導師ロザリオと言い、気が知れん……」
「止めろ」クレフは鋭くマスターナの言葉を遮った。

ロザリオはよく、崖の上に佇み早朝のセフィーロを見下ろしていた。背筋を伸ばし、視線は凛として強く、その横顔にはおいそれと余人が声をかけられない雰囲気があった。女でありながら群を抜いていたその剣技、他人の追随を許さない魔法力は、彼女がいればこの世界は大丈夫だと思わせてくれたものだ。誇り高いその姿は、幼い日のクレフにとって憧れだった。

そして、ロザリオが終生護り続けたのが異世界から来た『柱』。周囲を包み込むようなあたたかさをもった女(ひと)だった。セフィーロに限らず多くの人々をその力で救ってきた力は、奇跡としか呼べないものだった。そして大きすぎる自分の力が仇となった時、潔く命を絶った。彼女は多くの人を『幸せ』にしたが、彼女自身は『幸せ』だったのか。せめて、小鹿のようなその小さな体を、抱き締めてあげたかったと思う。

二人の姿は、いつになってもクレフの中で色あせず、昨日会ったかのように思い出す。マスターナの言葉を耳にした瞬間、つきあげたのは衝動的な怒りだった。
「未来が読めたとて、お前には心までは読めまい。お前は、何も分かってはいない」
マスターナは意外にも、あっさりと頷いた。
「そりゃ、そやな」そして、まっすぐにクレフを見返した。「あんたも、そんな風に誰かのために怒ったりするんやな。あんたのなかであの二人は『特別』や。永遠に汚されんと、心の中に住んでてほしい。そう思ってるんちゃう?」

この男の言葉は騒がしい、とクレフは思った。土足で踏み荒らすような荒々しさはないが、人の心を毛羽立たせ、平静でいられなくする。マスターナの言葉は皆を揺らがせるとタトラは言っていたが、なるほど、とクレフは心の中で頷いた。彼を無視して出立することはたやすいが、続きが聞きたいような誘惑に駆られる。

マスターナはその場に立ち上がり、クレフを見返した。クレフがハッとするほど、その眼差しは真剣だった。その黒い瞳を見ていると、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「導師クレフ。あんたには強い『願い』がある。世界の誰にも理解してもらえんでも、非難されても、どうしても叶えたいと思い続ける強い『願い』が」
クレフはマスターナに向き直った。
「それは読み違いだ。わたしにそんな『願い』などない」
本心だった。自分に『願い』などないとは言わないが、それが世界の秩序に反する事はない。それは幼いころから、導師として教育を受けてきたものの定めでもあった。導師は、己自身のためには祈らない。祈ってはならない。なぜなら導師は、『柱』以上に『セフィーロ』そのものだからだ。

マスターナは首を横に振った。
「違う。あんたは自分自身のことをどうでもいいと思ってるから、自分の『願い』に気づかずにいるんや。……このままにしたら、取り返しのつかん『結末』を迎えることになるで」
その言葉には、戯言だろう、と流せない響きがあった。クレフは眉をひそめた。
「おまえの目には、私の未来はどう映っているのだ?」
ぶるる、と背後で馬が鼻を鳴らし、肩口に顔を押しつけてきた。知っている――その精獣の大きな瞳を見て、クレフは直感的に察した。スバルは、マスターナが言う『願い』がなになのか、おそらく分かっている。

「『背反』。そして『死を孕む静寂』。ひとつはきっかけ、もうひとつは結果や」
「……死」
クレフはゆっくりと目を閉じた。マスターナの視線を感じた。預言者が鋭く、こちらを見ているのを感じた。
「裏切るつもりですか? あなたを愛する全ての人を」
その声は、おそごかにさえ聞こえた。
「……裏切る」
クレフは、マスターナに言われた言葉を噛んで含めるように繰り返した。そして、顔を上げる。
「否定はできんな」
「チゼータに行ってはなりません。行けばあなたはもう、あなたでなくなる」
今や、この男が預言者として適格かどうかを考える段階ではなくなっていた。この男の力は本物だ。彼の言葉に気持ちが荒立つのも、真実が含まれているからだ。
「それでも」クレフは呟いた。「他に手段はない。やらねばこの世界は、黄泉の世界に飲みこまれて消滅する。私にしか、できないことなのだ」

「……残念ながら」マスターナは瞳を伏せた。「その言葉については『事実』や」
「……私は、皆に恨まれるな」
長い時間をかけて培ってきた、導師としての皆からの信頼は厚い。しかしもう皆、誰もクレフに以前と同じような笑顔を向けてくれることはなくなるのだと思った。その時、体の奥が絞られるように痛んだ。しかしもうその痛みは強くはない。何度も何度も考え、納得したことだった。

マスターナはクレフに歩み寄って来た。そして、顔を近づけたスバルの鼻面を慣れた手つきで撫でた。クレフは身軽に、スバルの背に乗り移った。ランティスの精獣を借りたことはあるが、スバルの背上の人になるのは本当に久しぶりだった。最後に乗ったのが昨日のことのように体になじんでいる。
「……ウミに、何も告げずに発つつもりか」
思わぬ名前を思わぬタイミングで耳にして、クレフは思わず、まじまじとマスターナを見返した。
「……あの娘に会うのは困る」
「なんでや?」
「叶うなら、あの娘の心のままにしてやれればいいと思う。今会えば、揺らぐ」
数日前、突然抱きしめられた時のことがふっと頭をよぎった。むき出しの心を直接掌で撫でられたような心地よさは、まだはっきりと体に刻まれている。できるならこの心を取り出して、ウミにそのまま手渡してしまいたいと思うほどに。
「ウミに伝えてくれ。心は、おまえのもとに置いて行くと」
「……自分で伝えるべきや」
マスターナの言葉に、クレフは答えない。マスターナは、頬に笑みを浮かべた。
「次に会えたら、口説けばいいやん」
「何を言うか」
クレフは苦笑した。マスターナも地面に視線を向けて、笑った。

クレフは指輪を外し、マスターナに手渡した。
「これをセフィーロの人々に見せるがいい。私のものだと皆知っているからな、お前を受け入れるだろう」
「こんな時に、他人のこと心配してる場合かいな」マスターナは呆れたように言った。「大体これ、代々の導師に引き継がれる、大事なもんやろ?」
「……もう、必要ない。『もう一人の導師』が現れたら、渡してやってくれ」
「『もう一人の導師』って、導師ロザリオのことちゃうんか?」
マスターナの問いに、クレフはしばらく考えた。
「……なるほど、あの古文書をそう解釈したか。しかしそれは間違っている。導師は代々一人しかおらず、彼女は死んだ」
考え込む表情になったマスターナに、クレフは微笑んだ。
「おまえにも分からんことはあるのだな」
「古文書に書かれてないことは、他の者と同じように推測するほかないしな。……『もう一人の導師』が先代でないのなら……」
「どう言う時に『扉』が開くのか。自ずから答えは限られる」
「導師クレフ……」
「皆に伝えてくれ」
クレフは背後のセフィーロ城を振り返った。自分が創り、護り続けた大切な城だった。こみ上げてきた全ての思いを、クレフは振り払った。幼いころ、全てを失って独りになった時に似た「静寂」が、心を浸してゆく。もう、何も感じない。感じないほうがいい。

「チゼータに来てはならない。私のことは忘れ、幸せに生きてくれ」

時は満ちた。
クレフはスバルの首筋にそっと触れた。それだけの動きで諒解した精獣は、ゆっくりと前に踏み出す。マスターナの掌が、馬から離れた。馬は軽く数歩歩き、大理石の床を蹴った。するといとも軽やかに、その姿は宙を舞った。

***

海は、頬を流れる汗をぬぐい、あえぎながら空門に通じるドアを開けた。
「クレフ……?」
大理石でできた床に月光が跳ね返って美しい。しかしそれに視線を移す余裕はなかった。その場に座りたいくらい疲れきっていたが、なんとかよろよろと数歩歩いた。ゆっくりと、足音が近づいてくる。海は弾けるように顔を上げた。

「……あなた」
「一分、遅かったな」
マスターナが、白いゆったりしたズボンの両脇に手を突っ込んで、歩み寄って来ていた。
「クレフは!」
「行った」
マスターナは星が光る夜空を指差した。その指の向こうには、赤々と燃え続けるチゼータがあった。もう駄目だったのだ、と葛折れそうになる膝を、海は叩いた。
「諦めないわ」
こんなことで諦めたら、光にも、風にも合わせる顔がない。
「チゼータに行きたい。魔神がないなら、飛行艇を出してもらうわ」
「無茶やな。そもそも、普通の飛行艇が星に近づこうものなら、地表の炎が燃えついて終わりや」
「何か、何か方法はないの?」
「あったとしても、あんたは行ったらあかん」
「どうして?」
海の叫びに、マスターナは不思議な眼差しで彼女を見下ろして来た。まるでじっと見ていたら、めまいが起こりそうだ。
「預言の内容をそのまま言うんは信条に反するんやけど――あんたと導師クレフの絆に免じて、はっきり言うわ」
「なによ……」
「『チゼータに行けば、あんたは死ぬ』」
「死……? わたしが……?」
「そうや。……無惨に殺される、あんたの姿が見える」
「……」
とっさに、二の句が告げなかった。マスターナの向けて来る視線は、初対面の印象が嘘のように鋭い。その瞳の奥に、何かが明滅している。何か、赤いものだった。炎なのか、血なのか――海はぞっとしてマスターナから目を逸らした。

「導師クレフは去り、時はまた一つ、確実な未来に向けて動いた」マスターナは静かに言った。「導師クレフからの伝言や。『「チゼータに来てはならない。私のことは忘れ、幸せに生きてくれ」』と」
「……馬鹿」
あの人は何も分かっていないのだ。海の頬を、涙が流れ落ちてゆく。
「あなたがいないのに、幸せになんかなれるはず、ないじゃない」
どうか夢であってほしい。しかし心の痛みが、これは現実だと体の内側から教えている。
「クレフ!」
もう呼んでも、あの穏やかな声、優しい表情は戻らないのか。海は床に突っ伏して泣いた。


第五章 完

53話につづく

――
昨日、無事帰国しました^^

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